10月、各所から秋の風物詩、落ち鮎のニュースが聞かれるようになる。
そうだ、あの川でもそろそろ始まっているに違いない。11月初めの連休を利用してまた火の国熊本のシーバスに会いに行こう。小さな四駆にタックルとキャンプ用具、僅かな日用品を積んで旅に出る事にした。
最初に訪れた川は菊池川。上流には名水で名を馳せた菊池水源を擁する九州でも屈指の清流だ。薄紅色の朝日が夜の闇を溶かす頃、陽射しを浴びて銀色に輝くススキを掻き分けて川面へ下りてみた。
またここに来た。瞼を閉じて川のせせらぎに耳を澄ませば、あの時の思い出が蘇る。そうだ、あの時もこんな朝だった。再びこのせせらぎが水飛沫とドラグの金属音に打ち破られることを期待して、鮎カラーの自作ミノーをリーダーに結び、ロッドを振った。
ミノーは流れに押されて扇状の軌道を描く。ロッドティップは小刻みに揺れ、時折底石に当たった感触が伝わってくる。あの時と同じだ。釣れる筈…
しかし、いつまでもロッドが締め込まれる事は無かった。朝マズメと言える時間は遠に過ぎ、頭上を鵜の群れが旋回し、そのまま飛び去って行った。ボイルもライズも無く、時間だけが徒に過ぎてゆく。
「そうだ、試作のジグスプーンを試してみよう」
思い付きでやってみたら即座に足元の岩陰から魚が躍り出て来る。慌ててロッドを立てると、魚はヒョイっと呆気なく抜き上げられた。
シーではない方のバスだ。なんだか拍子抜けしたが、何も釣れないよりはずっといい、エメラルドグリーンの魚体をカメラに収め「これでボウズじゃないっ!」と無理やり自分に言い聞かせ、川を移動することにした。
白川は熊本市中心部を流れる主要河川。町中の川で、いつでも多少の濁りが入っている。しかし、釣りをするうえで、この濁りはむしろ好条件と言える。魚の餌となるプランクトンや甲殻類はこういう川の方が多く、それを追うシーバスもまた多く集まる。
ドウドウと流れる堰の白泡にミノーを投げる。浅かったが、あまり潜らない仕様に作ったので根掛かりの心配は少ない。ティップにミノーの微かなウォブリングが伝わる程度にゆっくりとリールを巻き、祈るような思いでミノーを流れに漂わせた。
「コッ!」
ルアーが僅かに小突かれたような感触だった。そのまま巻き続けてみると、ティップはグングンと締め込まれ、シーバスの銀輪が水面を割る。
「遂に来た!」この瞬間を待っていた。そのままスイープに巻きアワセを入れて、慎重に距離を詰める。サイズは60cm有るか無いかだろうか?しかし、引きは強く、時折来る突込みに景気よくドラグが鳴った。
慎重に魚を弱らせ、ネットに導く。魚を陸に上げ、ほっと一息ついて写真を撮った。これで正真正銘、オデコじゃない。今シーズンもまたこの地で思い出を作ることが出来た。
同じ手でもう少し小さいシーバスをキャッチした後、携帯電話が鳴る。出てみると、旧友のカントクからで、どうも近くに居るらしい。そろそろ移動してみようかと思い始めていたので、緑川で合流することにした。
緑川の橋の下でカントクと再会を喜び合い、挨拶もそこそこに釣り始める。緑川は大河川の貫録を見せつける太い流れで雰囲気も抜群だったが、ここで魚の反応は無かった。
カントクと相談し、午前中にヒットが有った白川に行こうという事になった。カントクにも自作ミノーを渡し、白川で使ってもらう事にする。
再びあの堰に着いたのは午後3時過ぎだった。潮汐表ではもうとっくに潮が満ち始めている筈だったが、まだ引き続けているようにすら見える。だがこれでいいのだ。独特の地形がそうさせるのだろうか?ここでは、満ち潮はいつも大遅刻してやってくる。
カントクにポイントと流し方を告げ、早速実際に試してもらう。こうやって色々な人に色々な場所で試してもらえば新しいルアーの改良点も見えてくる。カントクは、バルサの木で出来たローテクミノーの飛距離の少なさに苦戦しながら、頑張って絶好のラインにルアーを流してくれた。
1投…2投…3投目にロッドがしなった。掛かったのがすぐ目の前だったので、派手に水飛沫が上がる。シャンパンゴールドの日差しの中で炸裂する白銀の魚体を苦労してネットに収め、カントクと喜びを共にする。釣れたカントクは勿論嬉しいが、自作ルアーの効果が確かなものであると確信を得られた私にとっても、この一本は値千金の魚だった。
「今日はキャンプで祝杯を上げましょう!」どちらから言うともなく、自然にそういう流れになった。早速キャンプ地に入り、シーバス料理で祝杯を挙げるとしよう。
月明りを頼りにテントを張り、火を焚くと、そこは即席の祭り会場となる。缶ビールを開け、獲れたての刺身に舌鼓を打つ。刺身が終わる頃に頭の塩焼き、骨で出汁を取った茸汁へと宴は進む。
夜だというのに空は青く、月は明るい。時折通り過ぎる白い雲や遠く聳える青い山並を眺めながら、いつ果てるともない釣り談義に花が咲く。
「こりゃ、出来過ぎの休日だな、明日、また地震でも来るんじゃないの?」カントクが多少ブラックなジョークを飛ばすが、余裕綽々にこう切り返す。
「いやいや、そんなの怖くないよ、もっと怖いのは、この連休が実は夢で、朝起きたら仕事行かなきゃならないとかさ、そういうのが一番やだよ(笑)」
「ははは、いくら何でもそりゃあんまりだ、そりゃあないよ(笑)」
その夜は酒を酌み交わし、焚火が自然に消えるのを見届けてから眠りについた。
翌朝、けたたましい携帯アラームで目が覚める。
テントの小窓から差し込む朝日を見てズルズルと起き上がる。
テントのジッパーを開け、夢から現実へと帰らねばなるまい。
自宅(笑)
(´・ω・`)実は私、熊本市在住で、今朝からまた仕事なんすよ…
俺のバーチャル遠征はこうして終わった。
夢の遠征、いつかリアルに実行して、ここにレポートを書ける日を夢見て、仕事に行ってきます(笑)